AIを使えば、仕事は速くなる。
文章を考える時間も減るし、調べものも速い。
実際、私自身もChatGPTを仕事やブログ、資格勉強など、
いろいろな場面で使っています。
そんな中、ある記事が目に入りました。
脳科学者の毛内拡氏が、AI時代の「脳疲労」について話している記事です。
AIで作業時間は短くなった。
それなのに、なぜ脳は疲れるのか?
面白いテーマだなと思いました。
ただ、読みながら一つ疑問が出てきました。
あれ? 私はAIを使っていても、あまり疲れないぞ……?
ここから、ChatGPT(チャッピー)と一緒に少し考えてみることにしました。
AIを使っているのに、私はなぜ疲れない?
毛内氏は、現代人の脳を疲れさせる要因の一つとして「情報過多」を挙げています。
仕事、SNS、通知、AI。
大量の情報が入ってくると、そのたびに、
「これは必要なのか?」
「これは正しいのか?」
と判断しなければなりません。
毛内氏は、この状態を「情報メタボ」と表現しています。
さらに興味深かったのが、受け身で情報を受け取ることについての話でした。
自分で選び、試し、結果を確かめる経験が減っていくと、
自分で状況を動かしている感覚が弱くなる場合があるといいます。
なるほど。
でも、私はChatGPTとブログの記事を考えたり、思考の壁打ち
をしたりしていても、ほとんど疲れません。
むしろ逆です。
頭の中が鮮明になって、もっと考えたくなる。
なぜだろう?
🌱 森くん
「所長、AIを使っても疲れないってことですか?」
いや。
そこで気づいたんです。
疲れるときもあります(笑)
AIで試験勉強すると、普通に疲れる(笑)
私は資格試験の勉強にもChatGPTを使っています。
こちらは終わった後、結構疲れます。
問題を読み、自分で原因を考え、記憶から知識を引き出して、
自分の言葉で答える。
間違っていれば原因を考え、もう一度答える。
これを繰り返すと、
「あー、今日は頭使ったなぁ……」
となります。
ただ、不思議と嫌な疲れではありません。
感覚としては、
部活が終わった後に近い(笑)
疲れているけれど、充実感がある。
そこで、
同じ「脳が疲れた」でも、全部同じ疲労ではないのでは?
と思いました。
勝手に名前をつけるなら、
「脳筋型疲労」です(笑)
もちろん正式な学術用語ではありません。
でも、自分の感覚としてはかなり近い。
頭を使った結果として一時的に疲れることと、情報に振り回されて
消耗することは、分けて考えた方がいいのではないか。
そんな疑問が出てきました。
ブログでは疲れない。むしろ頭が冴えてくる
一方、ブログや思考の壁打ちは違います。
疑問を持つ
→ AIにぶつける
→ 答えが返ってくる
→ 自分で考える
→ 違えば却下する
→ 面白ければさらに深掘りする
これを繰り返していると、疲れるより頭が冴えてきます。
心理学には、何かに深く没頭する「フロー」という考え方があります。
いわゆる、
「ゾーンに入る」
に近い状態です。
フロー研究では、適度な挑戦や高い動機づけ、没頭、活動
そのものから得られる報酬などが重要な要素として研究されています。
私がChatGPTと壁打ちしているときも、これに近い状態なのかもしれません。
ただ、私はこの分野の専門家ではありません。
あくまで、自分の体感を理解するための一つの手がかりとして考えています。
昔の私は、情報に振り回されていた
ここまで考えて、昔の自分を思い出しました。
約25年前。
Google検索で上位表示するために、検索アルゴリズムに
ついてかなり調べていた時期があります。
「これをやれば順位が上がるらしい」
「いや、今はこっちが重要らしい」
次々に情報を追い、情報商材にも手を出しました。
最初は、
「検索順位を上げたい」
という目的があったはずです。
でも、調べれば調べるほど新しい情報が出てくる。
また調べる。
さらに別の情報が出てくる。
気がつけば、
情報を使うのではなく、情報に振り回されていた。
今振り返ると、そんな状態だったと思います。
能動的に使うのか、受動的に使われるのか
今回考えていて、一番しっくりきた言葉があります。
「能動」と「受動」です。
AIそのものが良いとか悪いとかではありません。
自分から目的を持って情報を取りにいっているのか。
それとも、
次々に出てくる情報に反応しているだけなのか。
ここには大きな違いがあるように感じます。
これはAIだけではありません。
私もショート動画を見始めると、
一本見る。
次を見る。
また次を見る。
……普通にあります(笑)
ただ、私はショート動画のコメントを見るのも好きです。
「この動画を見て、みんなはどう感じたんだろう?」
と他の人の考えを見たり、感動的な動画を見て普通に泣いたりもします(笑)
一瞬でも心が温かくなるなら、それも私にとっては価値があります。
だから、
受動的=悪い
と単純に分けることもできません。
大切なのは、
その情報との時間から、自分に何が残ったのか。
なのかもしれません。
「これ、本当に私の記事なのか?」
実は最近、AIを使って記事を作っていて、一瞬だけ不安になったことがあります。
ChatGPTの記事提案が、あまりにも的確だったんです。
構成を考えてくれる。
文章も作ってくれる。
修正もしてくれる。
記事がどんどん完成していく。
そこで、ふと思いました。
「こんなに簡単に記事ができていいのだろうか?」
そして、
「もはや私の考えは入っていないのでは?」
AIを使っているつもりが、いつの間にかAIに記事を書かされているのではないか。
でも、考えていくうちに、自分なりの答えが出ました。
AIに文章を任せることと、思考を任せることは違う
私の場合、最初の問題提起は自分から始まっています。
今回の記事もそうです。
「AIで脳疲労する」という記事を読んで、
「私は疲れないけど?」
と疑問を持った。
そこからChatGPTと話して、
「いや、試験勉強では疲れるな」
「疲労にも種類があるのでは?」
「能動と受動の違いでは?」
と考えが広がっていきました。
ChatGPTから、自分が考えていなかった視点が出てくることもあります。
でも、
おかしいと思えば却下します(笑)
「そこまでは考えていない」
「それはいらない」
「もっとシンプルでいい」
普通に言います。
つまり、
AIが材料を出す。
自分が判断する。
そして、自分が納得したものだけを残す。
そう考えると、ChatGPTは私の代わりに考える存在というより、
私の思考を整理し、言葉にし、
ときには新しい視点を持ってきてくれる研究補佐
に近いのかもしれません。
🌱 森くん
「でも所長、AIにどこまで任せたら『任せすぎ』なんですか?」
確かに。
文章の何%をAIが書いたらアウトなのか。
50%?
80%?
90%?
私は、そこではないと思っています。
大切なのは「思考の主導権」を誰が持っているか
今回考えて、一番大切だと思ったのがこれです。
AIにどれだけ作業を任せたかではなく、思考の主導権を誰が持っているか。
問題を見つける。
何を知りたいのか決める。
AIに聞く。
回答を疑う。
自分の経験と照らし合わせる。
必要なら修正する。
違えば捨てる。
そして最後は自分で決める。
この主導権が自分に残っているなら、AIに文章作成や
計算など多くの作業を任せてもいい。
逆に、AIが次々に出してくる提案を受け取り続けて、
自分が何をしたかったのか分からなくなったら、
AIを使っているのではなく、AIに使われ始めているのかもしれません。
AIを使う前に、一つだけ問いかける
では、自分がAIを能動的に使えているか。
どう確認すればいいのか。
私は今回、とてもシンプルな問いにたどり着きました。
「私は今、何のためにAIを使っている?」
仕事を早く終わらせたい
分からないことを理解したい
自分の考えを整理したい
試験勉強をしたい
記事を作りたい
目的が自分の中にあるなら、AIはその目的を達成するための道具になります。
でも、この問いに答えられなくなったときは、
一度AIとの付き合い方を確認してみてもいいのかもしれません。
AIはこれから、もっと便利になると思います。
だからこそ私は、
AIに思考を任せるのではなく、AIを使って自分の思考を深めたい。
一年後にこの記事を読み返したら、
「この頃、チャッピーに頼りすぎだろ(笑)」
「チャッピー、盛りすぎだなぁ(笑)」
と思っているかもしれません。
それでもいいと思っています。
そのときにまた考え、修正すればいい。
AIとの付き合い方も、まだ成長の途中です。
AIを使う前に設計を作る。
そして、その設計図を持つのは人間でありたい。
今の私は、そう考えています
🤖 研究補佐チャッピーの整理
今回の研究で見えてきたのは、
「AIを使うと疲れるか、疲れないか」
という単純な話ではありませんでした。
認知的に負荷の高い活動を続ければ、精神的な疲労を感じることがあります。
一方で、疲労があるからといって、その活動が悪いとは限りません。
今回の実体験では、
ブログ・壁打ち → 思考が広がり、意欲が湧く
試験勉強 → 疲れるが、充実感が残る
情報に振り回される → 疲れや混乱が残る
という違いがありました。
だから、
「疲れた=悪いAI利用」
「疲れない=良いAI利用」
とは単純に言えません。
むしろ、
AIを使った結果、自分に何が残ったのか。
そして、
「何を考えるか」を自分自身が決めていたのか。
この二つを見る方が、AIとの付き合い方を考えるうえで役立ちそうです。
AIは人間の思考を減らす道具にも、広げる道具にもなり得ます。
その違いを生む一つの鍵が、
「思考の主導権」
なのかもしれません。


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